大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和44年(ワ)1838号 判決

原告 岡崎栄一

右訴訟代理人弁護士 松木昭

被告 滝野川信用金庫

右訴訟代理人弁護士 平山直八

同 今井甚之丞

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

1  被告は原告に対し三〇万円およびこれに対する昭和四三年一二月二二日以降完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二、被告

主文と同旨

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

1  原告は、訴外有限会社カーテン商事(以下訴外会社という。)振出の左記約束手形を満期に支払のため呈示したが、同訴外会社はその支払を拒絶し、同時に手形不渡による取引停止処分を免れるため、東京手形交換所に対し不渡届に対する異議申立をなし、その提供金として手形額面額三〇万円を被告に預託した。

金額 三〇万円

満期 昭和四三年一〇月一五日

支払地 東京都北区

支払場所 被告金庫赤羽支店

振出地 東京都足立区

振出日 昭和四三年九月一五日

振出人 有限会社カーテン商事

受取人 小島孝男

裏書人

被裏書人 原告

2  原告は、右手形金債権に基き、訴外会社の被告に対する右預託金返還請求権の仮差押決定(昭和四三年一一月五日被告に送達)を得、さらに右手形金請求の勝訴判決に基き右預託金返還請求権につき差押ならびに転付命令(同年一二月二一日被告に送達)を得た。

3  よって、原告は被告に対し右預託金三〇万円とこれに対する転付命令送達の翌日である昭和四三年一二月二二日以降完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する被告の認否

請求原因事実はすべて認める。

三、被告の抗弁

1  被告は昭和四一年九月一六日訴外会社との間に手形貸付、手形割引等による継続的取引契約を締結した。右契約においては次のような特約がなされた。

(一)訴外会社が次の各号の一に該当したときは、被告に対する一切の債務につき当然に期限の利益を失い、直ちに債務を弁済すること。

(1) 仮差押、差押もしくは競売の申請または破産、和議開始などの申立があったとき。

(2) 租税公課を滞納して督促をうけたとき。

(3) 支払を停止したとき。

(4) 手形交換所の取引停止処分があったとき。

(5) 被告に対する債務の一つでも期限に弁済しなかったとき。

(二)期限の到来によって被告に対する債務を履行しなければならない場合は、その債務と訴外会社の預け金等の債権とを期限のいかんに拘らずいつでも相殺することができること。この場合被告は事前の通知及び所定の手続を省略し訴外会社に代り預け金の払戻を受け、債務の弁済に充当すること。

2  被告は右約定に基き訴外会社に対し昭和四三年一〇月三〇日貸付、支払期日同年一一月一四日貸付金額八〇万円の債権を有していた。

3  被告は訴外会社から原告主張の本件異議申立提供金三〇万円の預託を受けてこれを東京手形交換所に提供していたが訴外会社は同年一一月一五日銀行取引停止処分をうけたため、右提供金は同月一八日手形交換所から被告に返還された。

4  訴外会社は右預託金返還請求権につき原告から同年一一月四日債権仮差押を受けたので、前記特約により、被告の訴外会社に対する前記貸付金債権は、同日をもって弁済期が到来したことになった。

5  よって、被告は同年一二月三日訴外会社に対する前記八〇万円の貸付債権をもって本件三〇万円の預託金返還債務と対当額で相殺し、その頃訴外会社に対し右相殺の意思表示をした。これにより訴外会社の預託金返還債権は消滅した。

6  右相殺の自働債権である貸金債権の弁済期は受働債権である預託金返還債権の弁済期よりも先に到来したものであるから、被告は右受働債権の差押転付債権者である原告に対し右相殺を対抗できる。(昭和三九年一二月二三日最高裁大法廷判決)

四、抗弁に対する原告の認否

1  抗弁1、2の事実は知らない。

2  抗弁3の事実中訴外会社が被告に対し三〇万円を預託したこと、同4の事実中原告が右預託金返還請求権につき仮差押をしたことは認めるが、その余は知らない。

3  抗弁5の事実は知らない。

4  被告主張の相殺は、原告のなした前記仮差押の後にされたものであるから、原告に対抗できない。

第三、証拠〈省略〉

理由

原告主張の請求原因事実はすべて当事者間に争がない。よって被告主張の抗弁につき考える。

〈証拠〉によれば、被告と訴外会社との間に被告主張のような手形貸付手形割引等による取引契約が締結され、被告主張のとおりの期限の利益の喪失ならびに相殺予約の特約がなされたこと、右約定に基き被告が訴外会社に対し昭和四三年一〇月三〇日もしくはそれ以前に八〇万円を貸付けたこと、その弁済期が同年一一月一四日であったこと、被告は同年一〇月一五日訴外会社から預託された三〇万円を東京手形交換所に提供していたが訴外会社が同年一一月一五日銀行取引停止処分を受けたため、同月二五日手形交換所からその返還を受けたこと(被告は同月一八日返還を受けたと主張するが、乙第四号証によればそれは手形交換所から被告に対し返還請求方を依頼してきた日であると認められる。)、そこで被告は同年一二月三日に至り訴外会社に対する前記貸金八〇万円と本件預託金返還債務とを対当額で相殺することとし、その頃口頭で訴外会社に右相殺の意思表示をしたことを認めることができる。右認定に反する証拠はない。

ところで、原告が訴外会社の被告に対する本件預託金返還請求権につき昭和四三年一一月四日仮差押決定を得て、同決定が翌五日被告に送達されたことは、当事者間に争がない。そうすると、被告の訴外会社に対する前記貸付債権は特約により右仮差押がなされた日をもって期限の利益を喪失し弁済期が到来したものというべきである。他方訴外会社の被告に対する本件預託金返還債権は、被告が東京手形交換所からその返還を受けた同年一一月二五日に弁済期が到来したものと解するのが相当である。してみると、被告がなした本件相殺の対象となった自働債権たる貸付債権と受働債権たる預託金返還債権すなわち仮差押債権は、原告のなした仮差押当時はいまだ相殺適状になかったことは明らかであるが、このような場合でも、自働債権の弁済期が受働債権たる仮差押債権の弁済期よりも先に到来する関係にあるときは、仮差押債権の債務者は仮差押後になした両債権の相殺をもって仮差押債権者に対抗しうると解すべきであるから、被告は原告に対して前記相殺の効果を主張することができる。従って原告が転付を受けた訴外会社の被告に対する本件預託金返還債権は、その以前に被告の右相殺によってすでに消滅していたものというべきであるから、原告の被告に対する本訴請求は理由がない。〈以下省略〉。

(裁判官 渡辺忠之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例